【HYPER☆KIDS】 三十六、別離
 

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□ 第三部「結界」 □

三十六、別離

 その言葉の意味は、全く理解できなかった。
「え……?」
「ちょっと待ってくれ。いきなり何を言う?」
 絶句する吉宗の横で、彦左衛門がさすがに慌てた調子で聞き返す。それでも古老は変わらぬ表情で続けた。
「言葉の通りでございます。我等はここから離れようと思います」
「いや、しかし、何故……」
 意図がわからず、質問も曖昧になってしまう。それ程までに、この宣言は突然だった。
「申し訳ございません。ですが、最早我等がこの地に留まる理由が無いのです」
 一応詫びは述べるが、だからといって内容が翻ったりはしない。
「ここは『結界の地』としての役割を終えたのです」


 榊原の里に、外道衆が出現した記録は無い。それは、里が封印の中心であり、結界の効果が一番強く現れる場所だからである。
 その筈なのに、外道衆が封印の社に出現した。結界も境界も一気に飛び越えられてしまったのだ。
 この事実に、里人達は恐慌をきたした。そして、皆で理由を考えた。
 そこで出た結論が、先程の古老の言葉になる。


「ずっと考えておったのです。何故若い者が先に逝き、自分のような年寄りが残っているのか、と」
 そう言う古老は、明らかに吉宗達が良く知る人物を思い浮かべているように見えた。
 ――静瑠……――
 吉宗の脳裏にも人影が浮かぶ。そう言えば葬儀の時も同じような事を言っていたな、と、今更ながらに思い出す。
 彼女だけではない。彼女の兄も亡くなり、古老にとっては娘夫婦となる静瑠の父母も、もっと前に帰らぬ人となっている。
 思い起こしてみれば、この里には子供がほとんどいない。むしろ、日下部の屋敷にいる里人達の方が、子供が生まれている。
 前々から漠然と感じていた古老は、今回の件で確信したのだと言う。
 榊原の里は、仕舞の時なのだ。


「元々榊原の民は、結界を守る為にここに居たのです。その結界が、柴折神自身によって守られ、誰も手出し出来ない状態となった今、我等がこの地に留まる必要はありません」
 古老は淡々と語る。吉宗も彦左衛門も、口を挟む事が出来ない。
「それに、外道衆の侵攻を許してしまいました。最早、里のモヂカラで外道衆を防ぐ事はできなくなったのです」
 日下部の屋敷や、和歌山城下に張ってある『守』は有効だが、元々モヂカラが掛けられていた里には、張り直しても無駄らしい。モヂカラは、組み合わせて新たな言葉を作るのは可能でも、二重に意味を持たせるのは無理なのだ。
「もしここが外道衆に襲われたら、我等では立ち向かえないのです」
「その時はすぐに俺達が駆けつける」
 当然のように吉宗は言ったが、古老は首を横に振った。口調が強くなる。
「なりませぬ。身内だからと言って贔屓してもらう訳にはいきません。それでは我等は足手まといです。それだけはしたくないのです」


 外道衆が吉宗達を敵と見定め、狙うようになった時、自分達の立場はどうなるだろうか。戦う力を持たない自分達は、一般庶民と何ら変わらない。ただ、モヂカラや侍の儀には詳しい。この事が外道衆に知られたら、自分達も襲われる可能性が高い。そして、捕らえられて脅されたりしたら、秘密を明かしてしまうかもしれない。正直なところ、自分達は全然強くない。覚悟も心得もない。暴力を振りかざされたら、恐らく簡単に屈してしまうだろう。
 そんな事態だけは絶対に避けたい。
 だからここを離れる。そして、今後、連絡は一切取り合わない。繋がりを持ち続ければ、何時外道衆に悟られるやもしれない。余計な情報を渡さない為にも、元から縁を断った方がいい。
 幸いにも、現時点で確認されている折神と秘伝盤は手元にある。里の伝承もほぼ彦左衛門に引き継いだ。仕舞とするにはいい頃合いなのだ――
 古老の説明は、ゆっくりと二人の胸に浸透していった。
 ――いや、それでも……!――
 理屈はわかる。戦略上は、古老の言い分が正しい。ただ、感情で納得するには、まだ足りなかった。
「ここを離れて、どこに行くつもりなのだ?」
 言葉が出ない吉宗の隣で、彦左衛門が静かに聞いた。
「牛折神の地に参ろうと思います」
「奥日光か……」
 神君家康公が祀られている聖地でもある。そこならば、牛折神だけでなく、彼等の事も家康公がお守り下さるだろう。こんな事を考えるのは現実逃避だと自分でも理解しているが、こうでもしないと落ち着かなかった。
 彦左衛門は冷静に確認を続ける。
「牛折神の存在は、外道衆には露見していないのだな?」
「少なくとも、現在の外道衆には知られていないと思います。あれが作られ、使われたのは、千年近く前に一度だけのようです。その時代から生き続けている外道衆はいないでしょう。ただ、伝承という形では残っているやもしれません」
「外道衆がどこまで記録を読み解く知恵をつけているか、によるな」
「はい。その点に関しては、我等も懸念は致しましたが、どちらにしても、牛折神の封印は守り続けねばなりませんので」
「確かに」
「それに、今後、皆様方が標的になって下さるのなら、わざわざ離れた地まで外道衆が足を伸ばす可能性は低くなると思います」
「うむ……」
 そう呟いたきり、彦左衛門は黙り込んでしまった。
 暫し沈黙が場を支配した。何か言わなくてはと焦った吉宗は、思いつくままに口にしてみる。
「縁を切る、という事は、もう二度とここには帰ってこないのか?」
「そうなります」
「お前達はそれでもいいのか? 先祖伝来の土地だろう? それに、墓参りも出来なくなるんだぞ」
「法要、ですか……」
 吉宗にしてみれば、何とか考えを変えてもらいたい一心だった。すると古老は、軽く笑みを浮かべた。
「それは吉宗様がしてくださるのですよね?」
「えっ……」
 古老の言葉は、確かに虚を衝いた。吉宗は一瞬返答できなかった。
「あの娘は、吉宗様に供養して頂くのが一番満足すると思いますよ」
「……」
 吉宗は再び何も言えなくなった。古老が一礼をする。
「お気遣いありがとうございます。あと、申し遅れましたが、今後も皆様方にお仕えしたいと願う者もおりましょう。その者達は変わらずお側に参ります。彼等が法事も執り行いますので、大丈夫ですよ」
「そうか……」
 最早説得の余地が無い事を吉宗は悟った。古老達もこの結論を出す迄には、かなり話し合いを重ねたのだろう。彼等が納得している決断をひっくり返すだけの理由も、才覚も、今の自分達は持っていない。
 ――これしか、ないのか――
 だが、まだ心情的に承知できない。自分が同意しなければ、この案は実行できないのだから、ひとまず持ち帰って、彦左衛門と話し合うだけの時間を作ろう――吉宗がそう考えた時、彦左衛門が顔を上げた。
「わかった。お前達の好きにするが良い」
「彦左?!」
 友の口から発せられたのは、思いも寄らない言葉だった。吉宗は思わず腰を浮かせた。
「お前はそれでいいのか?! 榊原の里人がいなくなったら、一番困るのはお前じゃないのか?」
 浮き足立っている吉宗とは反対に、彦左衛門はあくまで冷静だった。
「確かに、これからはより人手が欲しい。何人かは残ってくれるのだろうが、多分足りないだろう」
「それじゃあ……!」
「いいんだ。長の言う通り、自分達は縁を切るのが一番良い」
「そんな……」
 彦左衛門は、何か言いたげな吉宗を無視して、古老に体ごと向き直った。
「だが、一つ頼みがある」
「はい」
 雰囲気を察して、古老も姿勢を正した。彦左衛門も背筋を伸ばす。
「俺達はお前達の存在を忘れる。だが、お前達は忘れるな。その地からでいいから、俺達の動向を見続けろ」
 ――どういう意味だ?――
 吉宗には彦左衛門の意図がまだわからなかった。古老も同じようで、じっと聞き入っている。
「そして、もし万一俺達が外道衆に敗れる事があったら……」
 ここで一旦言葉を切る。彦左衛門は最初に吉宗、次に丈瑠と流之進を順繰りに見てから、最後に古老の顔を正面から見据えた。
「その時は、もう一度新たな侍を探せ」
 低いが、脳に直接染み込む声だった。
「……!!」
 古老が息を飲んだ。流之進が大きく目を見開く。その揺れで、丈瑠が微かに動いた。
 ――そういう、事か――
 吉宗は唐突に理解した。
 つまりは、備えなのだ。そうなるつもりは毛頭無いが、もし自分達と一緒に榊原の里まで全滅したら、モヂカラを伝える者がいなくなる。だから敢えて離れ、万一の事態に備えてもらうのだ。
 ――如何にも、彦左らしい――
 古老の願いを叶え、且つ自分達の納得できる理由を付ける。普段から全体を見渡している彦左衛門だからこそ考え得る道理だった。
 彦左衛門は大きく息を吐いてから、吉宗を見やった。
「これなら、いいだろう?」
「……わかった」
 吉宗も頷く。古老は神妙な面持ちで二人を交互に見てから、頭を下げた。
「わかりました。その御命令、必ず果たします」
「うむ」
 短く応えてから、これだけでは足りないと思い直す。吉宗は古老に向き直り、居住まいを正した。
「今までの務め、御苦労であった。今後の事は案ずるな。我等、侍が、必ずやこの世を守り抜いてみせようぞ」
 凜とした態度が頼もしい。古老は自然に頭を床にこすりつけていた。
「勿体ないお言葉、有難うございます」
 声が震える。この方達を探し当てた孫娘は、やはり一族随一の巫女だったのだと、改めて誇りに思った。
 こうして、榊原の里は、長きに渡る任を終える事になった。


 最後に古老は、目を覚ました丈瑠に『封印の文字』を教えた。教えるといっても形だけで、実際の効力は発揮できない。そもそもこの文字を使えたのは、柴折神自身の他にはいないとされている。
 この文字こそは、柴折神が実際に結界を張る為に使った文字であり、三途の川に住まう外道衆にも効き目があると古老は言った。特に、今回生まれた総大将が、三途の川そのものと同等な存在ならば、この文字で封印できる筈だった。
 となれば、外道衆に自分達を狙わせる「餌」としては最適だが、まだ戦力が整わないので止めておくと三人は結論づけた。むしろ、いざという時の切り札にする為に、存在を秘した方がいいだろうという事になり、この場に立ち会った流之進も、口外無用を誓った。


 里仕舞はひっそりと行われた。改めての挨拶は無く、屋敷の里人がいつの間にか少々入れ替わったくらいだった。
 そして、藩の復興に追われる吉宗がようやく一息ついた時、彦左衛門がこんな話をした。
 噴火後、色々と情報をやり取りし、対策を話し合っていた時の事だ。
 今回の戦いは長くなるだろう、とふと古老は言った。理由を聞く彦左衛門に、古老はこう答えた。
 かつての噴火の折の戦いは数年で終わったらしいが、今回はそうはいかないだろう。外道衆に総大将が生まれたのなら、戦いが激化するのは必至だ。数十年、もしくは数百年に渡る、代を重ねた戦いになるかもしれない――
 それなら、と吉宗は応じた。
 自分達は子々孫々に伝えよう。
 例え自らの代だけでは倒せなくても、時を越えて力を残そう。
 人の世を守る使命を受け継いだからには、必ず果たしてみせる。
 それが、『侍』なのだから。
 吉宗の決意に揺るぎは無かった。そして、この信念が、八年後に、彼をこの国の頂点に押し上げるのである――


第三部・了

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