【HYPER☆KIDS】 とりあえず
 

HYPER☆KIDS

□ 雑記 □

とりあえず

5月から関わっていた仕事がようやく終わったーーー!
これで今年度はお役御免だーーー!

とりあえず、更新が滞っていたお詫びと、まだ続ける気はありますとの意志表明を兼ねて、第四部の冒頭だけですが上げておきます。
まだ校正もしてないし、章タイトルも決まっていないので、雑記扱いで。

後は夏休みが始まるまでに、どれだけ進められるか……って事は、勝負は二週間か(笑)


三十七、

 宝永六(一七〇九)年、正月――
 和歌山城を見上げる城下の川縁を、旅装の若者が歩いていた。
 足下の足袋と草履は擦り切れかけ、かなりの道程を来た事が伺える。たすき掛けにした風呂敷包みの結び目には、笠の紐も一緒に引っかけられており、背中で無造作に揺れている。腰の物は短めの一本差しだけだったが、代わりに八尺(約二・四メートル)程の直槍を担いでいた。
 飄々と歩を進める若者の方に、凧を手にした子供達の一団がやってきた。会話に夢中な先頭の子供が全く前を見ていないのに気付いて、軽く体をずらして道を空けてやる。知らずにそのまま走り抜けていく集団を見送って、若者は笑みを浮かべた。
 改めて空を見上げてみると、あちこちで凧が揚がっている。
「いい正月を迎える事が出来てんだな、ここらは」
 あの災禍から一年と少ししかたっていない。かなりの箇所に爪痕は残っているし、まだ手が着いていないままの地点も見受けられる。
 それでも、人々は穏やかな表情をしていた。これまで旅を続けてきた若者にとっては、久方ぶりに感じる優しい雰囲気だった。
 もう一度唇の端を上げてから、踵を返して歩き出す。その先の高い木の下で、数人の子供が何やら声を上げていた。少年が三人に少女が二人。とは言っても、一人は少女というにはまだ幼すぎる。
「どうするんだよ、せっかくうちの父ちゃんが作ってくれたのに」
「ごめん、でもわざとじゃないって、風が急に……」
「だから俺に貸せって言ったのに、お前がまだ持つって言うから」
「じゃあお前ならちゃんと出来たのかよ」
 言い争う少年達の剣幕に、一番小さい女の子の顔がふえっと歪む。
「大丈夫だから、ほら、泣かないで」
 腰を落とした少女は、相手の目に涙が溜まっているのを見て、勢いよく立ち上がった。
「ちょっとあんた達、いい加減にしなさいよ。いつまでそんな事言い合ってるの」
「何だと?」
 現場までまだ距離はあるが、甲高い子供の声は、聞こうとしなくても耳に入ってくる。若者はとりあえずそのまま進んでいった。
「誰がどうとかじゃなくって、どうやって取るかを考えなさいよ」
 どうやら一番年嵩らしい少女の言葉に、子供達は一斉に木を見上げる。視線の先には、枝に絡まった凧があった。破れてはいないようだが、そこまで登れるかといえば、大人でもちょっと難しそうだった。
「どうやって、って……」
 子供達は顔を見合わせる。そこへひょいと声がかかった。
「手伝ってやろうか?」
「え?」
 振り返ってみると、槍を担いだ旅装の若者が、面白そうな顔で自分達を見ていた。無造作に槍の先で上を指す。
「凧。取りたいんだろ?」
「出来るの?」
 思わず聞き返したのは、手元でほどくのも難しそうなくらい絡まっているのに、地上から槍で解けるとは思えなかったからだ。しかも凧を破く事無しで、なんて、余計に不可能にしか思えなかった。
「任せろって」
 若者は軽い調子で答えた。ただ取ればいい訳ではない、ちゃんと無事な状態でないと意味がないのに――と喉元まで出かかる子供達が顔を見合わせる。
 そんな雰囲気をわかっているのかいないのか、若者は鷹揚な態度で穂鞘を外した。少し離れるように手で促され、子供達は半信半疑ながらも従う。
 周囲を確認すると、若者は槍を両手で持ち直し、両肩に乗せてから腕を上げて伸びをした。目を閉じて、そのまま唸りながら体を左右に揺らし、ゆっくりと息を吐く。
「よし」
 目を開けた若者は、石突きを軽く地面に突き立てた。顔を上げ、じっと枝の先を見る。つり上がった眉の下で、目がついと細くなる。その鋭い眼差しは、先程とは全く違っていた。
「……」
 誰かが息を飲む音が聞こえたような気がする。その時、若者の手がすっと動いた。定めた視線の先に穂先を合わせ、右手を下に、左手は手留に移動させる。じりじりと足を開き、腰を落とす。
 そして、気合い一閃。
「……はっ!」
 そこから先は、子供達には何が起きたかよくわからなかった。突き上げられた槍の穂先が太陽の光を受けて煌めき、眩しくて顔を覆ってしまったのもある。
 気がつくと、若者の手には凧が握られていた。
「ほれ、お待たせ」
 一番小さい女の子に手渡そうとしゃがんだ時、糸に絡まっている枝が地面をこすった。真新しい切り口は、すぱっと鋭い。若者は槍を肩に立てかけて枝を持ち上げた。
「あー、そこまで取るのはさすがに無理だわ。そんくらいは自分達で外してくれな」
 凧だけでなく、糸も切らないようにするには、枝ごと落とした方がいいと判断したらしい。それでも、隙間をぬって一発で切り払ったのだから、大した腕前には違いない。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 満面の笑みを浮かべた女の子の目元に残る涙の痕を、親指でちょいと拭って、にっと笑う。すると、垂れ気味の目尻が余計に下がって、一気に愛嬌のある顔立ちになった。
「どういたしまして」
 ぽんぽんと頭を叩いて立ち上がる。こうして見ると、若者は結構小柄で細身な方だった。鮮やかな槍の手並みから、大男との印象があったので、ちょっと意外だった。
「すごーい!」
「さっきのってどうやったの?」
「ねえねえ、それって何流?」
「別に、何流って程でもねえよ」
 一斉に駆け寄ってきた少年達が矢継ぎ早に質問を浴びせる。穂先を鞘に収めながら若者が苦笑していると、一足出遅れた少女が、男共を押しのけて前に出た。
「どうもありがとうございました」
 ぺこりとお辞儀をして、じろりと背後を見やる。すると少年達も慌てて倣った。一斉に下げられた頭を、若者は面白そうに見回した。
「いいって事よ」
 右手で槍を担ぎ直し、空いた左手をぶらぶらと振る。
「それよりも、これからは気をつけて遊べよ」
「はーい!!」
 元気な返事に満足して、若者は先へ歩き始めた。その後ろ姿に子供達が手を振る。
 ところが、不意に若者の足が止まった。
「……あ、そうだ」
 若者はくるりと振り返った。そのまますたすたと戻ってくる。呆気にとられる子供達に、若者は何事も無かったかのように聞いた。
「そういやさ、この辺りでなんか仕事ってない?」
 子供達が顔を見合わせる。若者は頭を掻いた。
「もうすぐ路銀が尽きそうなんだよね。飯さえ食わしてもらえりゃ、何でもやるからさ」
 にっと笑った表情からは、悪気は全く感じられない。
 どうやら、この若者は、線の細さに反して、かなり剛胆な性格の持ち主のようだった。


 宝永大地震と宝永大噴火から一年余り経った。ここ紀州は、少しずつではあるが、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。そんな中、江戸では五代将軍綱吉が麻疹にかかり、正月十日に死去した。吉宗にとって、綱吉は、自分を目にかけてくれただけでなく、名の一文字を下賜された大恩ある人物である。暫くは江戸に詰めるのも当然だった。
 幸い、国元は平静を保っている。連絡を密に取れるように手筈を整えて、吉宗は新たな将軍が誕生するまで留まる事にした。
 そして、五月一日に家宣が朝廷から征夷大将軍に任じられ、正式に六代将軍となった。
 推移を見届けてようやく帰参した吉宗は、早速不在の間の状況を確認した。近場の城下には、自ら足を運んだりもした。
 その中のある復興現場で、吉宗は「面白い若者がいた」との話を聞いた。
「正月くらいにふらっとやってきて、何でもするから飯だけ食わせてくれって」
「細っこいのに、百人力でな」
「槍に関しちゃかなり使い手で、今まで手が届かなくて苦労していた所も、ひょいひょいって簡単にこなしてさ。自分で言った通り、何でもやってくれて、本当に助かったよな」
「若いし、浪人って感じじゃないし、かといって武者修行中って訳でも無さそうだったなあ」
「名前は……名字も名乗った気はするけど、俺らは専ら『千(せん)』って呼んでた。本人がそれでいいって言ったからさ」
 口々に答える人足達の表情は楽しげで、その若者が好かれていた事が伺える。興味を持った吉宗も会ってみたいと考えた。ところが、居場所を聞くと、彼等は首を横に振った。
「それが、一ヶ月前くらいに、またふらっといなくなっちまったんですわ」
「少しは路銀が出来たから、とか言ってたけど。何処に行ったかは、わかりませんねえ」
 残念ではあるが、どうしようもないだろう。わざわざ人員を割いてまで探す余裕は、今の状況下では無い。
 吉宗は、引き続き工事を進めるように頼んで、その場を後にした。そして、再び激務に追われる内に、すっかりこの話を忘れていた。

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